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二酸化炭素の例を引くまでもなく,生態系の破壊は環境を変化させ,その安定性がそこなわれることを意味する。
どの程度の量の生態系の存在が地球環境の安定のために不可欠であるかを,一義的にきめることはむずかしい。 しかし,自然生態系の保全、なぜ,なにを,どのように地球の現状がその限界に近づいていることを,すでにわれわれは実感している。
世界でもっとも徹底的に広域の森林を破壊しつくした歴史をもち,さらに最近の半世紀でいっそうそれを加速した中国で,洪水と早害とが交互に頻発し,夏には長江の中・下流一帯がしばしば異常高温に見舞われるのは,われわれにとっての教訓ではないだろうか。 地球サミットで生物多様性の重要性が論議されたとき,自然生態系がもつこの機能についての認識は,すでに共通の前提となっていて,あらためて強調されることがなかったのかもしれない。
しかし,その後の社会の関心の流れは多様性の保全のほうに偏りすぎて,この基本的な機能はあまり強調されなくなっているようにみえる。 たとえば,すぐれた解説書として知られる『生命の多様性』(1995)の著者EO、ウィルソンは,「生態系の恩恵」という表現でこの問題にふれているが,それにはごくわずかなページ数しか割いていない。
少なくとも環境の問題として生態系保全の必要をいうときには,それでは不十分だということを強調しておきたい。 生物多様性については,上記のような解説書がいくつも出ているので,その内容や保全の必要』性をあらためてくわしく述べる必要はないだろう。
要約すれば,現実に進行しているのは,つぎのような事態である。 1)地球上に現存する生物の種数は,これまでに生物学者が確認して学名をつけた種の数(約150万種)の10倍ないし数十倍もあることは確実であり,しかも,それぞれの種はそのなかに多様な遺伝的変異を含んでいる。

2)われわれはかくも多様な生物のほんの一部しか知らないのに,主として人間活動に原因するインパクトによって,大量の種が急速に絶滅しつつある。 もっとも種の豊富な熱帯雨林地域だけでも,その破壊によって絶滅してゆく種の数は1年に2〜3万種にのぼるだろう。
この多様な生物界の保全に努めるのは,1)基本的には,生物の1つの種である人類にとっての倫理的な責務であり,2)功利的にも,そのなかには,食糧・原料・化学物質などの優れた新資源として将来利用できる種や遺伝子が多く含まれており,その意味で生物界はいわば「未開発の富」,「無限の遺伝子資源」だからである。 地球サミットで生物多様性条約が合意された最大の動機は,じつは,この未開発の富への期待が大きかったためであることは,留意しておく必要がある。
新しい資源生物が発見される可能性の高い開発途上国と,発見の技術をもつ科学先進国との間で,それがもたらす利益をどう配分するかの合意が必要だったのである。 生物多様性保全のオピニオン・リーダーには動植物の分類学者やナチュラリストたちが多く,その関心は,「めずらしい種」の絶滅をいかにして救うかに集中しているように思われる。
日本でも,地球サミットの直前に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が国会で成立し,絶滅のおそれのある種のリスト−いわゆるレッドデータ・ブックーの刊行や,環境庁による絶滅危倶種の指定が行われている。 種の数からいえば,個体数が多くどこにでもいる「普通種」よりも個体数の少ない種のほうが多いので,多様性保全のためには後者の保護がより重要であることはいうまでもない。
私も,自然愛好者の一人として,絶滅に瀕している種をおしむ気持ちは強いが,「多様性の保全イコール絶滅危倶種ないし危急種の保護」という短絡的な風潮には,賛成できない。 たとえば,開発事業の環境影響評価書が,「この地域にはレッドデータ・ブックに出ている種は存在しないから(あるいは,1〜2のめずらしい植物は移植して保護をはかるから),開発による自然の破壊に問題はない」とわりきっているのをよく見るが,その姿勢はまちがっている。
それは,どんなに個体数の少ない種も,つねにその土地の生態系の一員として存在し,生態系の機能のなかで特定の役割をはたしていると同時に,生態系によって存続を保証されていることを認識していないからである。 特定の種を保護し存続をはかるための最善の策は,その種の属する生態系全体を十分な面積にわたって保全することだというのが,多様性保全の専門家たちの一致した意見である。
そして,生態系の骨組みを作り機能の主力をになっているのは,その系のなかでもっとも量の多い種、普通種だから,普通種もまた生物多様性の保全のためには不可欠の存在なのである。 どこにでもいる種だからといって無制限に破壊を続けていれば,結局はめずらしい種を含む自然系全体の破壊をまねくことになる。
「普通種」の存続をはかること,すなわち普通種が多量に存在しつづけられるようにすることは,「めずらしい種」の保護と対等に必要なことであり,また後者の目的を達成するための必要条件でもある。 また,さきにのべた環境維持の働きでは,普通種がもっとも大きい役割をはたすことはいうまでもない。

環境保全の立場からいえば,自然の量が問題になる。 ここで自然というのは,原生林のように人手のほとんど加わっていない原始的な生態系(一次自然)にかぎらず,環境維持作用を発揮できる程度の完結性一多数の動植物の種の共存,ある程度自律的な物質循環など−をそなえた生態系であれば,里山の雑木林,土手や水田の畔の草むらのような二次的な自然でもよい。
とくに日本のような一次自然が完全に失われた地域では,どんなに小さな二次自然の断片でも,それが無数に存在すれば総量として大きな環境維持作用をもちうることを認識して,無用の破壊をしないことがもっとも重要な行動指針となる。 それを,省エネルギーやリサイクルなどとならぶ,社会の共通の目標としなければならない。
これが,本当の意味での「自然との共生」の姿勢である。 たとえば,日本の危急植物に水辺や湿地性の種が多いのは,水辺の自然がこの原則に逆らっていかに無神経に破壊されてきたかを示している。
親水護岸という名のもとに,水辺の植生を「掃除」して石積みの護岸に変え,公園的な景観を作り出して,それが「環境の創出」「自然との共生」だと,思われてはこまるのである。 開発予定地にめずらしい種が存在するとき,とくに植物や昆虫の場合もっとも安易な逃げ道は,「適地に移植する」という対策である。
やむをえないときは,それも必要であろう。 しかし,それが成功する確率は低いし,たいていは移植という行動にだけ意味があるようで,結果の成否が報告されることはまれである。
すぐ移植という発想が出てくるのは,たとえば古文化財のように,特定の種の個体そのものに価値があると誤解しているからだ。 ほとんどの場合は,その種がそこに生態系の一部として生存していることに価値があるのである。
琵琶湖にそそぐ川の河口近くの岸に小面積ながら美しいタブの木の林があって,それが河川改修で伐採されるというので反対運動がおこっている。

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